【歴史観が変わった〜自分のルーツを調べていったら②戦国と古代編】

しほりです♪

そういえば、先祖のこと調べ出してから、不思議なことがよく起こるようになったのでした。

現実的主婦の私が、まさかこんなことを口走るとは〜と言ってしまうことが、どんどん増えてきたのですよね。

今振り返ってみると、ここから始まったかということがいろいろ。

先祖へ意識を向けるってことが、見えない世界と繋がっていくことになったのです。

そして、守られてるなぁとか導かれているなぁということも見えてきて、ではその守ってくれている魂って何か?とか、誰が先祖ということ以上に、意識を向けることで見える世界も変わっていったのです。

だから、先祖わからないって方も、何か気になるなあと思うことあったら、調べてみると、その人の行く方向を後押ししたり、導いてくれる存在と、自然と繋がっていくと思います。

私が書いていることは、その一つの例ですが、まあ面白いことを神様やご先祖は起こしてくれるなぁというネタだらけになってしまったのですよね。

知りたがりな上に、推理好きも高じて、
いろいろ調べまくる羽目に陥っていってくし笑

さてさて、話が戻りますと、父の晩年に横山党→小野氏ということが見えてきたのでした。

武蔵七党の中の横山党と猪俣党が小野氏の流れとなっていますが、地名を名乗っている人も多いので、たくさんの名字に分かれています。

名字と同じ地名があるなぁとは思ってましたが、そういう背景があったのですね。

父に話してみたら、「本家は小田原。」
とだけ教えてくれたのですが、

ちょうどその頃、大河ドラマで「軍師官兵衛」が始まり、小田原城へ一人で出向くシーンがあり、あれ!ここにいた?って感覚がきました。

当時の小田原は町全体が要塞だったそうで、すごい人数の人が籠城していて、すごい数の人が囲んでいたのでしょうから、関係者だけでもどれだけいることか。

前回書いた友達のご先祖もうちのご先祖もそこにいたのですよね。

小田原北条氏は滅んでいきますが、城内の人たちも領地は無くなるわけですから、散り散りに落ちて行った人たちが大勢いたのです。

面白いのは、その時小田原を囲んでいた中には、三河から何もない江戸へと領地替えさせられた徳川家康がいたのですが、

その後江戸時代には、そこから落ちて行った人たちが新田開発をすることを奨励したそうで、江戸が発展するのに貢献することになっていくのですよね。

家康さん頭良いなぁ。

というようなことが、判明してきたところ、父が亡くなりまして、お墓を直すために、本家に話に行くという展開になりました。

初めての本家。後継ぎの方が対応してくださり、私がいろいろ調べたことを話してみたら、たしかにその通り伝わっているのだが、戦乱続きで証拠の文書は無いそうです。

小田原から落ちてくる時も大変だったということも聞きました。
調べたことで、その方とも先祖のお話ができて、

お墓には霊はいないというのも聞きますが、やはり過去へ繋がるポータルみたいな役割を果たしているように感じました。

それから、弟とよく墓参りに行くようになりましたよ。

そして、横山党繋がりの小野 篁(たかむら)さん。どういう人か調べてみると、これがすごい人で、昼は朝廷に仕え、夜は閻魔大王に仕えていたという方でした。今昔物語もその逸話が残っているほど。

その話をしたら、妹が「それっておじゃる丸じゃない!」と笑ってたので、そうか〜おじゃる丸のモデルだったのか♪となりました。

妹といえば、小野篁のまた先祖が小野妹子なのですが、妹子だけど男性だというので、日本史の歌とかにもなっている人。

小野小町もいるし、小野老って人もその人なのか!って感じで面白いのですよ。

ところが、先祖さんたちの伝えたかったことは広く深く、古代史、そしてさらに太古の時代へと導かれていくことになろうとは、その時はまだ考えてもみませんでした。

綺麗だから描いてみたいと始めたパステルの曼荼羅。このご縁で京都へ行き始めることになりましたし、

このあとキーワードとなっていく、金属と音。シンギングリンに出会ったことで、その感覚がわかるようになりました。

当時あった草場一寿さんの池田山ギャラリーで会った「時は今」という題名の龍の陶彩画は遠い記憶と繋がっていたように感じるのです。

今振り返れば、あの頃から始まったことばかり。意識を向けたことで、必要なものが降ってきたみたいに思えます。

そして、篁さんに呼ばれるように、京都へ。

この世と地獄を行き来していた井戸を娘と見ていたら、いきなりつむじ風が起きてびっくりしたなぁ。

それからも旅は続き、諏訪、伊勢、奈良、広島、大分、宗像…
小野氏のことだけでなく、いろいろ調べていくはめになっていきましたが、それはやはり隠されてしまった歴史。

最初は悲しみとか怒りみたいなものが、すごくあって、どう表現していいかわからなかったのですが、

ある悲しみ深い場所に立った時、「私たちがここで幸せに暮らしていたことを伝えてほしい」って言われたような気がして。

本当にそこから見る景色は素晴らしく、この自然の中で暮らした人たちの歴史のいったんに触れさせてもらったようだったのです。

私たちの感覚では感じ取れないものも、たくさんそこにはあったでしょうね。

長い長い戦争ばかりの時代があって、私たちも殺して殺され、お互いの憎しみが増すようなことが歴史とか神話になってしまったのですが、

その前に遥かに長い戦争もない、国境も無い自由な時代があって、何万年も前から大きなスケールで動いていた先祖たちがいたし、

さらに前には、宇宙や地球を作った存在もいたんだということも知っていて、伝わっていたかもしれません。

私はたまたま小野氏とその前からあった小野族という切り口から見てきたのですが、

その氏族の仕事や得意を活かして、共同事業をたくさんやってきたと思っているのですよね。

例えば、鉄を探したいけど、あそこの地形なら安曇さんとが良いか、とか、掘るのは誰に頼もうかとか。そのあとはその鉄で作った農具で開拓する人たちは、宗像さんたちが運んできますとか。

はっきり何族ですとか名乗ってたわけでもないだろうし、技術のある人たちは技術を指導して、みんなで力を合わせて開拓していったことでしょう。同族化していく人たちもたくさんいたでしょうね。

人を斬るための鉄が出てきて、大きく変わっていってしまったのですね。

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